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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)1858号 判決

原告

大久保寿豊

被告

右代表者法務大臣

奥野誠亮

右指定代理人

梅村裕司

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(原告)

1  被告は原告に対し一〇〇万円を支払え。

2  被告は原告に対し信用及び名誉、回復と精神的苦痛に対し東京新聞紙上に謝罪広告をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文と同旨

二  原告の請求原因

1  茨城県筑波郡伊奈村大字城申字寺山一一番の一山林八八九平方メートル、同所寺山一一番の二山林九一平方メートルは原告の所有地であり、これと相接する同所寺山七番の一境内地3064.85平方メートルは訴外宗教法人瑞源寺の所有である。

2  瑞源寺住職山崎鐘一及び同妻幸寿枝は、前記寺山一一番の二山林九一平方メートルが瑞源寺の所有地であると主張し、原告が境界として設けた垣根を毀損した。更に、昭和五二年二月二七日原告が右垣根修復のため検尺中のところ、山崎鐘一の妻幸寿枝と長男が原告の手や胸を掴み、立ち塞つて原告の右作業を妨害し、警察官が来場するまで原告を現場に軟禁した。また、同年三月七日原告が右現場において境界の修復工事のため糸を張り検尺をしていた際、山崎幸寿枝と長男が右糸をたぐり取るなどして実力で妨害した。

3  そこで、原告は瑞源寺を被告として土浦簡易裁判所に土地境界確定請求事件(昭和五〇年(ハ)第八一号)を提訴するとともに、山崎鐘一と妻幸寿枝を不動産侵奪罪、境界毀損罪、妨害幇助罪で昭和五二年三月一六日水戸地方検察庁土浦支部検察官に告訴した。

ところが、相当検察官荒井正行は、現場の検証もすることなく、不起訴処分をした。

4  原告は、右検察官を昭和五二年七月五日公務員職権乱用罪で告訴するとともに、土浦検察審査会に対し荒井検察官の前記不起訴処分につき審査の申立をしたが、検察庁は不起訴処分をなし、また、検察審査会も不起訴処分は相当である旨の議決をした。

原告は同年九月七日水戸地方裁判所土浦支部に対し右不起訴処分について刑訴法二六二条一項の付審判請求をしたが、同年一〇月二四日請求棄却の決定があり、東京高等裁判所に対する抗告も同月二二日棄却する決定がされた。

5  原告は、検察官荒井正行の違法な不起訴処分により、五年間に亘り著しく原告の社会的信用を失堕し、名誉を傷つけられ、原告が信奉する成田山不動尊信仰茨城愛善講社の信徒も激減したうえ、原告自身精神的、肉体的打撃を被り視力の低下、難聴傾向が甚しくなつた。

そこで、被告国に対し原告は慰藉料一〇〇万円の支払と原告の信用、名誉回復のため東京新聞紙上に謝罪広告を求める。

三  被告の答弁と主張

1  請求原因第一ないし第三項の事実のうち、原告と訴外瑞源寺との問に境界につき紛争が生じ、原告がその主張の日時、右寺の住職山崎鐘一及び妻幸寿枝を水戸地方検察庁土浦支部検察官に原告主張の罪名で告訴したこと、担当の検察官荒井正行が不起訴処分にしたことは認めるが、同検察官が検証もせず不起訴処分にしたことは否認し、その余の事実は不知。

2  同第四項の事実は認め、第五項は争う。

3  被借の主張

(一)  原告の訴外山崎鐘一及び妻幸寿枝に対する告訴につき、主任検察官荒井正行は告訴人及び被告訴人らを取り調べ、告訴人提出の図面や写真等を検査したうえ、昭和五二年六月二四日不起訴処分(嫌疑不十分)をし、同日告訴人である原告に右不起訴処分を通知したものであり、その処分にはなんら適切さを欠く点はない。

(二)  検察官は、公益的立場から起訴・不起訴処分を決定するものであつて、起訴処分は被害者に代つて被害者のためにするものではない。従つて、告訴は、捜査機関に対し犯罪事実を申告してその捜査及び訴追を求めるものであつて、法的には、公益のため検察官に対し職権発動を促す行為であつて、不起訴処分によつて告訴人個人の利益が違法に侵害されることはあり得ず、被害者が公訴提起に対して抱く期待は法の保護に値しない事実上の反射的利益にすぎない。

そうすると、仮に本件不起訴処分が原告の名誉を損うものであつたとしても、被告国が原告に対し国家賠償法上の責任を追わなければならぬいわれはない。

(三)  荒井検察官は、前記告訴事件につき、昭和五二年六月二四日告訴人である原告に対し不起訴処分に付した旨を通知し、原告は、同年七月五日右不起訴処分につき、荒井検察官を公務員職権濫用罪で告訴するとともに、同日検察審査会に対し審査申立をしているので、遅くとも同日には右不起訴処分を了知しており、「損害及び加害者を知つた」ものというべきであるから、その時より三年の時効により損害賠償請求権は消滅すべきところ(国家賠償法四条、民法七二四条)、本訴が提起されたのは昭和五六年二月二三日であるから、時効により消滅している。

理由

一原告と訴外瑞源寺との間に所有地の境界紛争を生じ、原告が昭和五二年三月一六日水戸地方検察庁土浦支部検察官に対し右寺の住職山崎鐘一及び妻幸寿枝を原告主張の罪名で告訴したこと、担当の荒井検察官が右事件につき不起訴処分に付したことは当事者間に争いがないところ、原告は本訴において右不起訴処分の違法を主張して、慰藉料及び謝罪広告を求めるものである。

二思うに、告訴は、被害者又はその法定代理人など一定の者から捜査機関に対して犯罪事実を申告し、その訴追を求める意思表示であつて、捜査機関に対し捜査の端緒を与えるものではあるが、検察官はあくまで公益的立場から起訴又は不起訴処分の決定を行うのであつて、告訴は単に検察官の職権発動を促すにすぎないものと解される。もつとも、法は検察官が起訴・不起訴の処分をしたときは告訴人に対し速やかにその旨を通知し、かつ、請求があれば、告訴人に不起訴の理由を告知することを要し(刑訴法二六〇条、二六一条)、告訴人が検察官の不起訴処分に不服のときは、その検察官の層する検察庁の所在地を管轄する検察審査会に審査申立をすることができるものと定めている(検察審査会法三〇条)が、これはあくまで検察官の職務の適正を担保するための公法上の制度であつて、被害者が告訴したからといつて、検察官の公訴提起の有無につき被害者との間に直接の権利関係を生ずることはないといわなければならない。

従つて、告訴をした被害者が加害者に対する刑事処罰のあることを期待し、公訴提起によりこれがなんらかの満足を得るであろうことは否定できないけれども、これは公訴提起がもたらす事実上の反射的利益にすぎず、仮に不起訴処分のためこれが得られなかつたとして、国に対しその損害賠償ないし謝罪広告を請求しうるような法的保護の対象たりうる性質のものではないと解するのが相当である。

三してみると、原告の本訴請求はその主張自体において失当であることが明らかであるから、その余の点について触れるまでもなく失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(牧山市治)

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